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先人の願いが築いた見えない階段。そのてっぺんに立ってまた未来に向かう。

この世界には、見えない階段がある。何十年か前のお母さんが「うんめ〜もんを食べさせたい」と工夫したこと、何百年前のお父さんが「せめて子どもたちは平和に、幸せに」と願ったこと。そんな小さな思いが数え切れない階段となって、いまを生きる私たちはその最上段に立っている。

UNEがある一之貝集落で一息ついてみよう。先人が残してくれた、あったかい階段が見えてくる。

 


お茶フェス×限界集落


何百年もの人々の営みをなくしていいんか?

 

一之貝集落は、日本有数のくろもじの産地だ。漢字では「黒文字」と書き、和菓子を食べる時に使うようじがそれである。自生しているのは人里離れた山の中。連なる山の奥の奥までガタガタと農道を走っていく。「くろもじを養命酒に納品しています。詳しい方から聞いた話ですが、車で簡単にくろもじが取りに行ける産地は非常にめずらしいそう。一之貝で仕事ができるのは、山の奥まで農道を整備してくれた先人たちがいるおかげです」と納谷さんは言う。

 

この地域の歴史は長岡の市街地よりさらに古いのに、戦後70数年を経て消滅しようとしている。一之貝の上にある軽井沢集落もそうで、酒呑童子の兄弟分だった茨木童子の出身地という説がある。「それくらい長く続く地域が、あと何年かでなくなってしまう現状を見ると、これ、なくしていいんか?とすごく感じる。今までここで脈々とがんばってきた方々がいたのに、それが世界から消えかけている」

 

 

人の価値を数字ではかる社会にあって

 

一之貝では先人が未来に込めた願いがそこかしこに息づいているという。「肌感覚ではあるけれど、残っているんですよね、ここには。何が?と問われると具体的に言えないですが、生活というか、働く中で、感じるもの。というか、僕に感じる余裕ができたのでしょう。普通の社会にいたら自分のことで精一杯で、地域とか、人とか、ここまで感じない。よく思うのは、時間の流れ。一之貝はとてもゆっくり流れる。一般的には、プラス、プラスと追い求めて超えないと認められないですが、UNEにはノルマのような数字もない。数字で人の価値をはかるよりも、地域の方々を大切にしろと代表の家老さんから言われます。くろもじ茶やお米をもっと売りたい気持ちはあるけど、それで僕という人間がはかられることがないのは幸せです」

 

まぜたら優しくなった「ごちゃまぜ福祉」

 

UNEは、社会的に弱者といわれる障がい者や高齢者、働く場を見つけにくい人に、仕事だったり、いてもよいと思える場所だったりを創り出す事業をしている。これを「ごちゃまぜ福祉」と呼んでいて一見すると大変そうだが、「みなさん、プラスを求めていないし、求める必要がないからギラギラしていない。だから他の人に優しくできるんですよね」と納谷さんは言い、障がい者とスタッフだけよりは、高齢者や生活困窮者がいることで優しいコミュニティができている。

 

「一之貝で起きていることは全国的にもそうで、戦前まで基幹産業であった農業が立ちゆかず、若手が都市部に出て担い手がいない。その中で、大きな社会実験というか。家老さんがよく言いますが、一之貝でUNEが出した答えが全部ではなくても、当てはまる地区があるんじゃないか。ここで勉強して、よしと思ってくれた人が他で活動をして、全国に二之貝、三之貝ができていくなら僕らはがんばれるよね、と。やっていることがつながっていると実感できるので充実しています。それは、お金に換えがたいことです」

 

 

左から納谷さん、くろもじアドバイザーの田中先生、UNE代表の家老さん
左から納谷さん、くろもじアドバイザーの田中先生、UNE代表の家老さん

答えの一つは、生きてきた証を紡ぐこと

 

UNEができて今年で10年目。家老さんが最初に入って地ならしができたところに納谷さんが加わった。「家老さんがひとりで入ったときは大変だったろうと感じます。僕のころには、ああ、UNEさんね、という受け入れ方をしてもらえた。そういう意味では、すごく幸せなときに入れました。けれど3年前から課題ができて、一之貝の人たちにとってのハッピーは何だろう、とずっと考えています。インバウンドなど人がたくさん来ることが幸せなのか。いや、違うなぁ、どうなんだろう、と。全部の答えはまだ出ていませんが、おぼろげながら出た一つの答えは、ここの人たちはこの集落がずっと続くことを、生きてきた場所がずっと紡がれていくことが幸せだと思っているんじゃないか。そのお手伝いならUNEはできる。僕はここが故郷ではないし、ぜんぜん縁のない人間ですが、やはり、なくしちゃいけないと思います」

一之貝の階段の上に立つ納谷さん。どんな景色が見えて、どんな階段を築いていくのか。それがまた生きた証となって紡がれていくことを祈って。 

 

 

DATA

特定非営利活動法人UNE

お話を伺った人/納谷 光太郎さん

代表銘柄/くろもじ茶

所在地/新潟県長岡市一之貝869

電話/0258-86-8121

HP/www.une-aze.com

もっと知りたい、納谷さんとUNEのこと

 

筆者が納谷さんに出会ったのは、ちょうどUNEに入った頃の5年前。会うたびに笑顔と体重が増えていくのがこちらも嬉しい。奥さんの奈緒子さん、愛娘の桜子ちゃん、梨紗子ちゃんと暮らし、時々くろもじを浮かべた香り高いお風呂に入るという贅沢をしているらしい。

 

「UNEに入る前は時間が不規則な飲食業で働いていました。僕が40歳を迎える年に双子が生まれるとわかって。そうなると、子どもをキチン育てるのに今まで以上にかみさんをサポートしないといけないし、仕事より私生活に軸足を移す生活が何年か続くから、それができるところに転職しようと探していたらUNEを見つけました。最初はどぶろくの醸造で入りましたが、家老さんから別の仕事を振られて。そのままいまも振られっぱなしですが(笑)、お役に立てるなら何でもいいと思ったんですね。僕の年齢で、時間にある程度の融通がきいて、少ないなりにもそれなりの、まあ少ないんですけど(笑)、食べていける分はもらえる。そして、何よりも仕事が楽しい。僕はずっと、うまくいかないと思うこともあって、でもそれに対して、来年どうするんだ、というプレッシャーもなくて、のびのびさせてもらっている。基本、NOと言わない代表なので、やりたいようにさせてもらえている。ありがたいですよね。でも、気持ちが楽なだけではだめで。やっぱり自分が担っている数字くらいは把握して向上させないといけないし、そういう意識は他の仕事より強く持っていないと流されてしまうと思います」

 

新潟県長岡市一之貝の細かく切ったくろもじ。
写真/細かく切ったくろもじ。

 

撮影/朝妻一洋・小池エリ(クリエイティブ コム)・大平マミ